退職した役員が競合企業へ――営業秘密の持ち出しはどこまで防げるか
経営幹部の転職に潜む情報流出リスクと、採用前に確認すべき人物・経歴・関係性
企業の競争力を支えるのは、技術や製品だけではありません。顧客情報、価格戦略、取引先との関係、研究開発計画、さらには経営会議で共有される未公開情報など、企業内部には重要な情報が数多く存在しています。
こうした情報に広くアクセスできる立場にあるのが、取締役や執行役員、事業部門の責任者といった経営幹部です。
近年、転職市場では経営幹部や専門人材の流動化が進み、競合企業への転職も珍しいものではなくなりました。しかし、企業にとって見過ごせないのは、人材の移動とともに、営業秘密や重要な経営情報まで移転してしまうリスクです。
退職した役員が競合企業へ移った場合、企業はどこまで情報の持ち出しを防げるのでしょうか。また、経営幹部を新たに採用する企業は、どのような点を確認する必要があるのでしょうか。
本記事では、営業秘密をめぐる法的な問題と企業が抱えるリスク、そして要職者採用時に求められる調査について解説します。
1. 競合企業への転職をめぐり、営業秘密の持ち出しが事件化
2025年11月、転職先の競合企業に営業秘密を持ち出した疑いで、元従業員や転職先企業の代表者ら計4人が逮捕される事件が発生しました。
株式会社リベロの公表によると、同社を退職して競合企業へ転職した元従業員が、退職直前にクライアントリストを不正に取得・持ち出していたことが判明したとされています。
同社は、転職先企業の代表者による指示があったと説明しており、元従業員だけでなく、転職先の経営者も捜査の対象となりました。
ただし、これらは逮捕時点の容疑や会社側の公表内容であり、関係者の有罪が確定したことを意味するものではありません。
株式会社リベロ 競合他社関係者による不正競争防止法違反容疑での逮捕に関するお知らせ
また、2026年5月には、富士通Japanの元社員が、顧客向けの商談方針などを含む26のファイルを私用メールアドレスに送信して持ち出した疑いで逮捕されたと報じられました。報道時点では、情報の悪用は確認されていないとされています。
これらの事件が示すのは、情報流出が必ずしも外部からのサイバー攻撃によって発生するわけではないという事実です。
正規のアクセス権限を持つ従業員や役職者が、自ら情報を持ち出すケースでは、ファイアウォールやウイルス対策ソフトだけで防ぐことは困難です。
特に経営幹部の場合、一般従業員よりも広範囲の情報にアクセスできるため、一度の持ち出しが企業の競争力に大きな影響を与える可能性があります。
2. 企業が守るべき「営業秘密」とは何か
営業秘密というと、特許技術や製造ノウハウを想像するかもしれません。しかし、企業活動における重要情報は、それだけではありません。
例えば、次のような情報も、一定の条件を満たせば営業秘密として保護されます。
- 顧客リスト、取引履歴、担当者情報
- 商品やサービスの原価、見積価格、利益率
- 未発表の新製品情報、研究開発データ
- 経営戦略、事業計画、M&Aに関する情報
- 独自の営業手法、仕入先や協力会社に関する情報
不正競争防止法では、営業秘密として保護されるために「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3つの要件を満たす必要があります。
つまり、会社にとって重要な情報であっても、適切に秘密として管理されていなければ、同法に基づく保護を受けられない可能性があります。
例えば、社内の誰でも閲覧できる状態で保存され、秘密情報であることも明示されていなければ、持ち出しが発覚した際に法的な争点となることがあります。
企業は情報を保有するだけでなく、どの情報を誰が閲覧できるのか、どのように管理しているのかを明確にしておく必要があります。
3. 退職する役員の情報持ち出しは、どこまで防げるのか
企業が退職者による情報持ち出しを防ぐためには、在職中から退職後までを見据えた管理体制が求められます。
まず重要なのは、役職や担当業務に応じたアクセス権限の設定です。
経営幹部だからといって、すべての機密情報に無期限でアクセスできる状態が適切とは限りません。担当業務の変更や退任が決まった段階で、アクセス権限を見直すことが必要です。
また、退職前の大量ダウンロード、私用メールへの送信、外部記録媒体へのコピーなど、不自然な操作を検知できる仕組みも有効です。
秘密保持契約や競業避止義務に関する取り決めも重要ですが、契約書を交わしていれば万全というわけではありません。
特に競業避止義務については、退職者の職業選択の自由との調整が必要です。制限の期間や地域、対象業務、代償措置などを総合的に考慮し、合理的な範囲で定める必要があります。
競合企業への転職そのものが違法なのではなく、営業秘密の不正取得・使用・開示などが問題になるという点を区別しなければなりません。
企業が守るべきなのは、退職者の転職を一律に妨げることではなく、正当な企業活動に必要な情報資産です。
4. 情報を持ち出される企業だけでなく、採用する企業にもリスクがある
営業秘密の問題は、退職者を送り出す企業だけのものではありません。
競合企業から経営幹部を迎え入れる企業も、重大なリスクを抱える可能性があります。
例えば、採用した役員が前職の顧客リストや営業戦略を無断で持ち込み、それを新たな勤務先で利用した場合です。
採用企業が不正な取得や使用に関与していれば、法的責任を問われる可能性があります。また、関与が認定されない場合でも、調査や訴訟への対応、取引先からの信用低下など、経営上の負担が生じるおそれがあります。
経営幹部の採用では、前職での実績や人脈、業界知識が高く評価されます。
しかし、豊富な人脈を持つことと、前職の機密情報を自由に利用できることは別問題です。
「前職の主要顧客をそのまま獲得できる」「競合他社の価格戦略を把握している」といった説明があった場合、その情報の取得経緯や利用の適法性を慎重に確認する必要があります。
採用する企業が情報持ち出しを求めないことはもちろん、採用候補者が前職の秘密保持義務を理解し、遵守する姿勢を持っているかも重要な判断材料となります。
5. 経営幹部の採用で確認すべき人物・経歴・関係性
経営幹部の採用では、履歴書や職務経歴書、面接だけでは把握できない情報があります。
過去にどのような立場で業務を担当していたのか、申告された実績に客観的な裏付けがあるのか、重大なトラブルに関与していなかったかなど、確認すべき事項は多岐にわたります。
特に重要なのは、次の3つの視点です。
第一に、経歴と実績の整合性です。
過去の役職、在籍期間、担当業務、実績などについて、公開情報や適法に取得した資料と照合し、申告内容に矛盾がないかを確認します。
第二に、過去のトラブルやコンプライアンス上の問題です。
公表された訴訟、行政処分、企業不祥事などとの関係を調べ、採用後の経営判断に影響する事実がないかを検証します。ただし、訴訟歴や報道の存在だけで不正行為への関与を断定してはいけません。
第三に、取引関係や利害関係の確認です。
候補者と競合企業、主要取引先、関連法人などとの関係を確認し、利益相反につながる事情がないかを検討します。
こうした確認は、候補者を疑うためだけに行うものではありません。
経営上の重要な権限を任せるにあたり、採用企業と候補者の双方が不必要なトラブルを避けるための手続きでもあります。
なお、採用調査は法令やプライバシーへの配慮を前提とし、職務との関連性がある情報を適法な方法で収集する必要があります。
6. 経営幹部の採用は、入社後ではなく採用前の確認が重要
一般従業員と比べ、経営幹部は入社直後から重要な意思決定に関与する場合があります。
経営会議への参加、機密情報へのアクセス、主要取引先との交渉、人事権限の行使など、その影響範囲は広範です。
採用後に重大な問題が判明した場合、役職の解任や契約の見直しだけでは解決できないこともあります。
一方、採用前であれば、確認事項を整理し、必要に応じて追加説明を求めたり、職務権限や情報アクセスの範囲を検討したりする余地があります。
ただし、人物調査によって将来の不正を完全に予測できるわけではありません。営業秘密の流出を防ぐには、採用前の確認と入社後の情報管理を組み合わせることが重要です。
経営幹部の採用は、能力や実績だけでなく、企業の信用と情報資産を任せられる人物かどうかを判断する機会でもあります。
7. 企業防衛リスクサービスの「要職者採用時調査」
企業防衛リスクサービスでは、役員、執行役員、CxOなど、経営上の重要な役職に就く人材を対象とした「要職者採用時調査」を提供しています。
候補者の申告内容だけに依存せず、経歴や実績、人物に関する情報、関係性などを適法な範囲で多角的に確認することで、企業の採用判断を支援します。
営業秘密の持ち出しを直接防止・検知するためには、情報管理システムや社内規程の整備が必要です。一方、要職者採用時調査は、重要な権限を付与する前に人物面のリスクを把握するための対策となります。
経営幹部の採用に伴うリスクをできるだけ早い段階で把握し、客観的な情報に基づいて判断することが、企業の信用と事業を守ることにつながります。
重要なポジションを任せる前に、その人物について何を確認できているでしょうか。
企業防衛リスクサービスでは、調査目的や対象者の役職に応じた調査内容についてご相談を承っています。
参考資料・報道
- 経済産業省「営業秘密~営業秘密を守り活用する~」
- INPIT「営業秘密管理に関するよくあるご質問」
- 埼玉新聞・2026年5月12日、営業秘密持ち出し事件の報道
- 株式会社リベロ 競合他社関係者による不正競争防止法違反容疑での逮捕に関するお知らせ
※本記事は2026年10月時点の公表情報を基に作成しています。個別の事件に関する容疑と確定した事実を区別し、一般的な企業リスクについて解説しています。